最後の晩餐
「貴方は明日死ぬことになります。さて、今日が最後の夕食です。この最後の晩餐に貴方は何を食べますか?」
乾有彦とシエル先輩と秋葉の四人で昼食を中庭で食べていたときの事。
冷戦状態の秋葉とシエル先輩の仲裁を行おうと有彦の振った話題は、知らないとはいえなんて悪趣味な質問をするのだろうと志貴は思わずうなってしまう。
元々は彼らが良く見ていた夜のニュースショーの企画だった。
各界の著名人を招いて、最後の晩餐に食べたい料理を前にインタビューをする。
そんな感じの企画だったが、食は三大欲求の一つだけあってその人なりが見えてかなりおもしろかった。
何気ないTVの話題だが、志貴は笑えない。笑えるはすが無い。
死が見えて、死と常に隣り合わせの生活をしている志貴には人事ではない話なのだから。
そして、そのことを知っているシエル先輩と気配で気付いた秋葉と乾まで思わず黙ってしまう。
「…すまん。何か悪い話題を振ってしまった」
「気にするな。有彦。話題を広げられなかった俺が悪い」
しーん。
もぐもぐと咀嚼する音だけが聞こえる昼休み。
「ねぇねぇ。何静まり返って昼食食べているのよぅ」
猫のように現れ、場の空気を壊してしまうあーぱー吸血鬼の存在が妙に嬉しいと思ってしまった志貴だった。
「あ、アルクェイドさん。いらっしゃい」
明らかに悪魔的笑みを浮かべて、アルクェイドを招き寄せる有彦。
有彦には吸血鬼や死が見えるなんて伏せているから、「志貴を狙っているお姉ぇさん」程度にしか思っていない。
「よかったなぁ…これで屋敷にいるメイドさんがいたら花盛りじゃないか。やっと志貴にも春が来たんだ。俺もうれしいよ」
「ほう…何故おまえが嬉しいんだ?」
「日本では重婚はできないって知っているか?志貴?」
「ああ。いいだろう。有彦。好きなだけ持っていってくれ、一人は吸血鬼、一人は人間兵器、一人は鬼だけどな」
なんて言えない。言える筈が無い。少なくとも昼食のサンドイッチを最後の晩餐なんかにしたくない。
そんなことを考えているうちに有彦がことのあらましをアルクェイドに説明していた。
「最後の晩餐?…あの偽預言者が裏切り者に裏切られる前に行った盛大な宴のこと?」
前言撤回。切り傷に塩を塗りこむようにえぐるアルクェイド。
よく見ると、教会関係者で笑顔の仮面をかぶったシエル先輩のオーラが殺気に変わっている。
「テレビの企画だよ」
「ふーん。そんなのやっていたんだ。私は志貴と一緒ならどんな料理でもおいしいけどな」
ぐにゃり。
空間がゆがむ。死の線が局所的に増える。志貴の周囲だけに。アルクェイドの挑発に殺気でもって応戦する秋葉とシエル。
「へぇ…アルクェイドさんとシエル先輩はあまりおいしい料理を食べたことが無いみたいですね…」
待て秋葉。いくら毎日毎日カレーしか食べていないからってシエルにまで喧嘩を…売るか。秋葉だから。
「いえ。私は好きだから食べているだけですよ。好きでもないのにおいしいと思ったら料理に失礼でしょう」
シエル先輩…秋葉の喧嘩を100倍で買わないで下さい。貴方はさっきアルクェイドの喧嘩を買ったばかりでしょう…。
「そうですねぇ…どうでしょう?今晩は私達の屋敷でご一緒に食事にしませんか?
きっと、最後の晩餐に食べたいものが見つかるでしょう」
「いいわねぇ」
「いいですよ」
微笑みながら話を勝手に進める三人。ちなみに目は笑っていない。
ガマカエルの様に脂汗を流しながらサンドイッチを食べる志貴に笑い転げている有彦。こいつを見ていると、人類が他の霊長類を蹴落とした理由がなんとなく分かってしまう。
勝てない相手には、共倒れをしかけろ。なんてすばらしい戦略だろう。
そしてその日の遠野家。
琥珀が楽しそうに料理を作っている傍らで志貴は一人暗くえびを剥いていた。
ぶちっ!ぶちっ!ぶちっ!
暗く無言でえびを剥く志貴にたまりかねた琥珀さんが注意する。
「だめですよう!!料理を作るときはもっと楽しく作らないと料理がかわいそうですよぅ!!!」
どう喜べというのか?
志貴はまだ剥かれずにきちきち生きているえびに哀れみの視線を向ける。
そのえびを手に取る。
ぶちっ!
…そうか…俺はえびなんだ…
アルクェイドなりシエル先輩なり秋葉にぶちっ!と剥かれる運命なんだ…
「もしもし?志貴さん?」
妙に暗くぶつぶつ言っている志貴には何も聞こえない。
そして魔女たちの最後の晩餐の幕が開く。
豪華な料理。
並べられた高級酒。未成年なんて言葉はみんな無いのだろうし、無視するのだろう。
その光景に唖然とする有彦、笑顔の仮面をかぶって無関心を装いながらちゃっかりカレーの場所(琥珀さんは作りたくなかったけど)だけチェックしておくシエル先輩、さも当然という感じでテーブルを眺めるアルクェイド。
「ホームパーティですのでかたくるしい挨拶は抜きにしましょう。
皆様、どうぞグラスを取ってください。
翡翠・琥珀もグラスを取ってね……ゆっくり楽しんでいってくださいね…乾杯!」
「乾杯!!」
そして…志貴が危惧したとおりになった……
「ごくごく……」
「ごくごく……」
「ごくごく……」
無言で続く飲み合い。
誰かは言わなくていいだろう。
「……」
「……」
「……」
無言で見つめる三人。ちなみに後一人は、
「……すぅ………すぅ…」
最初のグラスで撃沈されていた。
あるいみ幸せだったかもしれない…翡翠…。
「なぁ…どうするんだ?」
「けしかけたお前がいうか?有彦?」
「だって…色気も何も…入れないじゃないか…」
「入りたいのか?あれに?」
「いや。遠慮しておく」
秋葉がざるなのは以前から知っていたが…後の二人はさすが人外の尊厳にかけて秋葉に付き合っているなぁ…
アイリッシュモルトのびんが一本…二本…三本…
三人とも顔色変えずに飲みつづけている。
ここで最初に脱落して「お酒弱いんですね。くす♪」なんて残り二人に笑われるぐらいならと総力戦を展開する秋葉。
さっさと二人を潰して「よっぱらっちゃったぁ♪」と志貴に迫りたいアルクェイド。
カレーを肴に、ひたすら二人に敵愾心を燃やしつづけるシエル先輩。
勝負は、まだ互角だった。
「なぁ、志貴…誰が最初に潰れると思うか?」
「馬鹿!有彦!ここでそんな質問を振ったら…」
ぴくり
三人の耳の意識が志貴に集中する。だが、グラスは放さない。
まずい…さりげなく話題を変えないと。
「それは、賭けか?」
「そうだな。明日の昼食でどうだ?」
「いいな。琥珀さんも乗らないか?」
「わたしですかぁ?」
「そう。琥珀さんが負けたら俺達にお弁当を作る。OK?」
「いいですよぉ♪じゃあ、お二人が負けたら私の料理を手伝ってくださいね」
「おっけい!
で、志貴よ。お前は誰にかけるんだ?」
志貴は有彦のこの言葉を待っていた。
「馬鹿だな。俺はあの三人を知っているんだぞ」
(その怖さまで)
と、心で呟きながら口を開く。
「有彦、先に選べよ。次に琥珀さんどうぞ。俺は余ったのにするよ」
これなら、後で「何で選ばなかったの!!」と詰め寄られても言い訳がたつ。
「そうだなぁ、誰だろう?
何か誰もが「高貴」とか「綺麗」という形容は入るけど「弱い」とか「儚い」って形容は入らないなぁ」
有彦の言葉に思わず「うんうん」と不覚にも頷いた瞬間だった。
「ああ…お兄様…私、酔っちゃったみたいかも…」
「志貴ぃ…よっぱらっちゃったぁ♪」
「ん…ちょっと酔いが…」
三者三様に酔っ払っていない顔で酔いをアピールする三人。
笑えない…ここまで真剣だと喜劇でしかないのだが…笑えない…。
笑ったら本気で最後の晩餐になってしまう。
有彦・志貴・琥珀の三人はさりげなく視線をそらして、
「あ、このえびおいしいな」
「そうですよ。志貴さんが剥いたえびですよ」
「俺は剥いただけ。作ったのは琥珀さん」
と、聞かなかったふりをした。
最後の晩餐はまだ続いていた。
言葉・動作・立ち振る舞いまで気をつけないと本当に「最後」になりかねない晩餐だった。
まずい…このままでは…本気で死ぬ…
さりげなく、部屋を抜け出して琥珀さんを呼ぶ。
「なんですか?」
「あれを終わらせる」
まるで何かを殺すような口調で言う志貴。
「どうやって?」
「琥珀さんの力を借りたい…」
「ワインでございます」
琥珀さんが差し出した十何本目かの酒瓶を各自グラスに注ぎ、飲み干す三人。
と、そこに初めて異変が起こる。
「あれ?…なんか…」
「はにゃあ…目がわわるぅ…」
「どうしたのでしょう…」
三人ともグラスを落としてその場に倒れこむ。
「やっと…終わった」
「ああ」
感無量で呟く志貴と有彦。
だが、問題はまだ残っている。
「秋葉様と翡翠ちゃんはお部屋に、シエル様とアルクェイド様は客室に寝かせましょう」
「分かった。琥珀さんは翡翠と秋葉を頼む。有彦。シエル先輩を運んでくれ。俺はアルクェイドを運ぶ」
「分かった」
宴の後片付け。それは最後まで理性を保っていた者の義務である。
「しかし…なんであんなに飲むかな…こいつら…」
と、いって客室に入った瞬間に何者かに蹴り倒される。
志貴の背後いたのはアルクェイドしかいない。
「いきなり何するんだ!ばか女!!」
起き上がって叫ぶが、ばか女に通用するわけもなく、
「だってぇ…チャンスなんだもん♪」
予想通りの言葉を吐く。
「やっぱり…薬は効かなかったな…」
ため息をつく志貴に妙に勝ち誇ったポーズで言い放つアルクェイド。
「あれぐらいの薬なんて私にはきかないわよ!」
そうだと思った。
きっと、秋葉もシエル先輩も効いていないのだろう。
だが、あれ以上不毛な飲み合いにも飽きていたということだろう。
「で、何をするんだ?アルクェイド?」
分かりきっている事をアルクェイドに聞いてみる。
「夜、男女が二人で同じ部屋にいて酔っているのよ。やることって決まっているじゃない♪」
あしからず言っておくが俺は酔っていない。多分、アルクェイドも酔っていない。
「ねぇ…志貴ぃ…今夜はぁ」
「何をやっているのょ!!!」
計った様に現れる秋葉とシエル先輩。
秋葉は窓をぶちわり、シエル先輩は扉を蹴破っての登場だったりする。
「みてのとおり、志貴を誘惑しているの」
あっさりというあーぱー吸血鬼。
瞬間的に世界が歪む。
秋葉の髪は赤く染まり。シエル先輩は何処から取り出したのか第七聖典を構える。
「秋葉…琥珀は?」
「琥珀は誰に使えていると?お・に・い・さ・ま?」
そうだろうと思った。
「シエル先輩。有彦は?」
「暗示をかけておきました。今ごろは家に帰っていますよ」
やっぱり。アルクェイドを有彦に任せなくて良かった。
「離れなさい!吸血鬼!貴方なんかに私の遠野君は渡しませんからぁ!!」
「ちょっと!いつ貴方のになったのですか!!」
「そうよ。志貴は私のものなのよ!」
「お黙りなさい!!」
同時にはき捨てる秋葉とシエル先輩。きっとどちらかがアルクェイドみたいなことをしても同じように言うのだろう。
「わかった…」
ぽつりと志貴がつぶやく。
「けりをつけよう」
三人の視線が志貴を捕らえる。
「お前達三人で争って勝ったやつの商品になってやる!」
「ほんと?」
「嘘をついてどうする?」
歪んだ笑みを浮かべる志貴。その瞬間三人は庭に出て戦い始めていた。
「さて…有彦の家で寝るか…」
その内、頭も覚めるだろう。
玄関ホールで琥珀と出くわす。
「琥珀さん。あとよろしく」
「わかりました。大変ですね」
くすくす笑う琥珀さんに苦笑しながら答える。
「ああ。まったくだ。だが、今日のパーティを誰もの最後の晩餐にしたくないだけさ。俺は」
「いってらっしゃいませ」
静かに一礼する琥珀さんを背に志貴は館を後にした。
「で、志貴よ。結局どうなったんだ?」
朝、学校へ向かう道。有彦の家からの登校である。
「どうもこうも、もう一度起き出して飲み合い」
殺し合いとはさすがにいえない。
「で、たまらないから逃げてきたと。
どうりで、朝起きたらお前が寝ているわけか」
けらけら笑う有彦。
「そりゃそうさ。もう付き合えないよ。後はかってにやってくれと…」
「おはよう!遠野くん!!」
後ろから声がする。振り向くと弓塚さつきだった。
「あれ?遠野君の家ってこっちだった?」
さりげなく有彦と志貴の間に入る弓塚。
「なにね。ちょっと最後の晩餐から逃げて来たんだ」
「最後の…晩餐?」
不思議そうな顔をする弓塚に志貴が笑いかける。
「俺はまたまだ死なないから、最後の晩餐なんかしない。そういう話だよ」
「そ〜お〜」
「じゃあ、昨日のあの騒ぎはなんだったのか…」
「教えてもらいましょうか…」
出た。
待っていた。
眠たそうに殺気だっていた。
「うわぁ…もしかして朝まで?」
「そうよ。朝までやって琥珀さんに止められたのよ」
有彦の質問にやさしそうに答えるアルクェイド。
「そうしたら肝心のお兄様がいらっしゃらないというじゃない」
「で、みんなで遠野君を待っていたのですよ」
そうかそうか。その後ろからだだ漏れている殺気のオーラさえなければ嬉しいがぎりなんだがなぁ…
「有彦」
一言で察してくれた。さすがは腐れ縁の親友だ。
「逃げるぞ!!」
志貴と有彦は何も分からない弓塚の手を取って逃げ出す。
「あ…?何?なに?」
分からないながらも志貴に手を握られて嬉しそうな弓塚。
「何よ!あの子!」
「私たちの物なんて言って置きながら!!」
「許しません!!」
追いかけてくる三人。妙に会話のタイミングがあっている。
「なぁ、志貴!」
「何だ!」
「こんな登校風景もいいものだな!」
「そうかもしれないな!」
笑い出す志貴と有彦。つられて弓塚も笑い出す。
笑い声に相応しく空は蒼く、朝月が彼らを笑っているそんな朝の光景。
教訓
「雨降って漁夫の利」 By弓塚さつき